遥香の成長記録

--(1)遥香誕生
--(2)呼吸停止
--(3)ダウン症の宣告
--(4)本を読み漁り
      『子供の城』へ
--(5)でんでん虫の会
--(6)「あゆむ」の
      仲間と共に
--(7)2000年頃
--(8)2001年3月
--(9)2002年の様子
--(10)2003年の遥香
--(11)2004年の遥香
--(12)2005年の遥香


◆第8回世界ダウン症会議Inシンガポールに参加して(工事中!)

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--歴史
--染色体とは
--ダウン症候群の種類
--ダウン症児出生頻度
--ダウン症身体的特徴
--合併症について
--詩の紹介


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(6)豊川地区生活の場「あゆむ」の仲間と共に

私の隣に住む従兄弟の輝くんは重度の知的障害があります。 6年前、中学3年の進路学活で 「みんな高校いくけど。僕、高校我慢するねん」 という輝くんの発言をきっかけに、輝くんと一緒に地元の福井高校にいこうという生徒たちの取り組みが始まりました。

先生たちもPTAの親たちも一緒になって、福井高校に養護学級を設置しようと言う突拍子もない署名活動が始まりました。

多くの署名は大阪府教委まで提出されましたが、残念ながら公立高校に養護学級は出来ませんでした。

でも輝くんの福井高校での交流生の活動を実現し、ホームルーム合宿や文化祭、 体育祭など仲間の生徒たちとともに高校生活を実現することが出来ました。 しかし、一週間のうちの数時間です。地域での生活、輝くんの居場所をどうしよう。 そんな話し合いの中から、無認可の通所授産施設を開設しようと言うことになりました。 そして、できたのが豊川地区生活の場「あゆむ」でした。


プレハブ2階建て10坪の小さな建物ですが、私たちと輝くんにとってはお城のような輝きを持っていました。

わたしも、開設の時から運営委員をしていました。 遥香が生まれたとき、保健婦さんも驚くほどこんなに早く立ち直れたのはあゆむの仲間がいたからだと思います。

遥香が生まれてから、私の活動の軸足は少しずつ障害者の当事者運動に重点が移ってきています。

1996年には、大阪府内の多くの作業所や在宅の障害者、 ボランティアの仲間が集まった第7回障害者とともにふれあいサマーキャンプ大阪実行委員会の委員長を務め、 97年には茨木独自の実行委員会を組織して副代表に。 そして98年の「あゆむ」の総会では運営委員会の代表になりました。

そして今、「あゆむ」の9年間の活動を踏まえて、地域に根ざした認可施設の建設に向けて取り組みを始めています。

遥香も、こうした「あゆむ」に集まる多くの障害者やボランティアの仲間たちとともに元気に、やんちゃに成長しています。

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